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2015年8月

2015年8月19日 (水)

オリンピックシンボルについて

たまには…すごく長くなりますが。

佐野氏の東京オリンピック(世の中ではエンブレムといっっていますが)シンボルマークについて。

東京オリンピック開催が決定して以来、そのシンボル、メインビジュアルは誰が担当するかは現役デザイナー誰しもが自分を含めドキドキするものです。そんな中、シンボルに関するコンペの発表があり、資格規定が明示されました。
その時点で自分はその規定に達しておらず、悔しい思いをしていたのですが、逆にこのオリンピックを自分ら?の世代で誰が引っ張って行くのか、またどう時代を反映したものか興味がありました。

そして、シンボルの発表〜今日の摸倣等々の報道がありました。

1.
まずベルギーの劇場との摸倣報道。これは完全に言いがかりです。これは佐野氏の言っていた、「考えかたの違い」これに尽きると思います。それは東京2020のプレゼンテーション画像でわかります。(たぶん)佐野氏のデザインはシンボルとして固定されたものではなく映像やパターン、かなりの媒体を意識した提案と思われます。そのつくり、考えは極端に言えば(ベルギー=)門構えの石碑と(佐野氏=)アニメーション映像ほどの違いかと思います。似てる似てないの問題外と思われます。

2.
世の人々はシンクロニシティということはご存知ないのでしょうか?
よりシンプルにしていけば似ていく格率は上がります。
今のように東洋西洋他、古典現代が錯綜する中でシンプルな要素のものが似ていない方がおかしい気もします。また、現在のネットを駆使すればこれが似ている、というサンププルを探す(暇な)ことはいっくらでも可能だと思います。

3.
(1年くらい前でしょうか)シンボルデザイン提案資格規定が発表されました。その規定はそれぞれ権威ある国際デザイン賞のタイトルの獲得者だったのです。ただ、その規定の国際デザイン賞が広告やプロモーションに大きく依存する方向でもあったと思います。大きなプロモーションで賞を獲得した方々ですからその才能はもちろんはありますが、シンボルに絞って言うなら一部でもあったわけです(ないこともある)。シンボルに特化するならそれに向けて意外性や特化性の発揮できる人はもっと別に沢山いる(自分を含め)と思っていました。

4.
(主に審査をした)日本のグラフィックデザイン(協会)の現状としてシンボル・ロゴデザインがどう扱われてきたか、というと個人的にはその評価に納得しがたい印象を持っていました。3.と似たような感じですが、よりプロモーション的と言うか、そのもの単体で力があるか疑問でした。これはある人が仰っていましたが、「王道から逃げている」からではないでしょうか?大きな案件も減っているせいかもしれませんが、小さなニッチなものが評価され、結果若い人も影響され追従し…が、現状かと思います。いわゆる大きく権威あるシンプルで力強いものが避けられてきた感があると思います。

5.
結果、ご存知のように佐野氏のデザインに決定したわけですが、諸問題につき特に撤回する必要はないと思います。(もちろん本人次第)ついで広告プロモーション(トートバッグ)に模倣のあったことは全くの黒です。自身でしっかり責任を取りましょう。けどこれは彼の会社の責任です。もちろん個人的に社会的な責任もあるでしょうが、それと個人で参加したオリンピックのコンペは別と冷静に考えるべきだと思います。

6.
最後に。競技場とともにもめた原因に審査する側が重要だと思います。デザインに関しては上記を意見としても、基本的に僕は認めます。
ただし、発表された時、このシンボルを見た時、正直ドキドキしなかった…。というのがこれまで述べてきた結果かもしれないと思いここに記しました。
一種批判ともとれますが、同業者として戒める意味を込め評するつもりです。

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